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大分簡易裁判所 平成5年(ハ)1082号 判決

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金三七万七五四四円及びこれに対する平成五年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金四四万六三二五円及びこれに対する平成五年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金四三万七二〇〇円及びこれに対する平成五年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  請求原因の要旨

(主位的請求)

原告は、平成五年三月一八日、被告との間において、同年三月三一日から一年間、被告の経営するI・L・A外国語において、原告の娘甲野春子に対する外国語受講契約を締結し、即日入会金三万円を、同月三〇日に一年間の受講料四一万六三二五円をそれぞれ支払つた。

甲野春子は、被告から、同年四月一五日、同年四月二二日及び同年五月一一日いずれも受講を拒否されたので、原告は被告に対し、同年五月一四日到達の書面で債務不履行を理由として本件受講契約を解除する旨の意思表示をした。

そこで、原告は被告に対し、債務不履行により入会金三万円と受講料四一万六三二五円の損害を被つたとして合計四四万六三二五円と右解除の意思表示到達後相当期間経過後である同年五月三〇日から民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求)

原告は被告に対し、右債務不履行の事実がなかつたとしても、契約解除に基づく不当利得返還請求として、被告に支払つた右四四万六三二五円のうち、甲野春子が四月一日に英会話のグループレッスン、同月七日にビデオ鑑賞、同月八日に個人レッスンとグループレッスン名目のビデオ鑑賞、同月一五日にグループレッスンとスペイン語を受講した対価の合計九一二五円を控除した四三万七二〇〇円と遅延損害金の支払を求める。

二  争点

本件契約における債務不履行の有無

継続的契約関係における契約解除について

不当利得返還請求の当否とその範囲について

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によると次の事実を認めることができる。

1  原告は、パンフレットで、I・L・A外国語のことを知り、その娘甲野春子を被告経営のI・L・A外国語で学ばせることにし、被告に対し、平成五年三月一八日に入会金三万円を、同年三月三〇日に一年間の会員費として四一万六三二五円をそれぞれ支払つた。

2  同年三月三一日、原告と甲野春子は、I・L・A外国語において、被告から口頭で会員規約書等の説明を受け、規約書等に署名した。その際、規約書等のコピーは交付されなかつたが、これは、掲示板に掲示しておくと言われた。そして、当日、被告は、甲野春子と面接して基準評価をし、同人の語学能力や学習目的をチェックした。

3  甲野春子は、平成五年四月一日、I・L・A外国語において、グループレッスンを受けた。同年四月七日、ムービーデイであり、甲野春子は、ビデオを見て、これをヘッドホーンで聞いたが、被告は、甲野春子がヘッドホーンのスイッチを二度も切り、また、映画を見ながら笑つていたとして、被告は甲野春子に対し回りの人の邪魔になるからと注意した。

4  平成五年四月一五日、スペイン語のレッスンの際、甲野春子は、眼鏡を忘れたため、黒板に書かれた内容を一部ノートしなかつた。これに対し、被告は、甲野春子がノートしなかつたために、黒板の記事を消すことができずレッスンを進めることができなかつた。被告は、甲野春子の行為が他の受講者に迷惑をかけ、グループレッスンに支障があり、また、その際、被告に対し反抗的態度があつたとしてレッスンを打ち切つた。そして、甲野春子に対し、会員の特典であるゴールドカードの返還を求め、その後、甲野春子の学習態度の不良が集団授業の秩序を乱すものであるとして、三か月間の仮及第期間という制裁を課し、グループレッスンとスペイン語の授業を受ける権利を剥奪した。

5  同年四月二二日、甲野春子は、原告のとりなしによつて、謝罪の書面を持つて、I・L・A外国語に行つたが、被告から、インターホーン越しにグループレッスンを受けられないと言われ、I・L・Aのアメリカの協議会に出席するので、五月一一日に来るように言われたとして、レッスンを受けないままで帰宅した。

6  甲野春子は、被告から指定された五月一一日に、I・L・A外国語に行つたが、被告からメンテナンスと言われ、レッスンを受けることなく帰宅した。

7  そこで、原告は、被告から、同年四月一五日、同年四月二二日及び同年五月一一日にいずれも甲野春子が受講を拒否されたので、債務不履行を理由として、本件契約を解除する旨の意思表示をし、この書面は、同年五月一四日、被告に到達した。

二  主位的請求における債務不履行の有無について

1  本件契約は、被告が、原告の娘である甲野春子に対し、外国語のレッスンという役務の提供を行い、原告が外国語のレッスンの対価を支払うことを内容とする契約であり、一年間にわたる継続的契約である。そして、この役務の提供は、「法律行為にあらざる事務の委託」(民法六五六条)に該当するので、本件外国語受講契約は、準委任であると解することができる。このような継続的契約は、基本的に双方の信頼関係を基盤として成り立つているものであるから、契約継続期間中、債務不履行の事実があつたとしても、その程度・態様が軽微であるような場合には、直ちに契約解除の原因となるものではなく、その義務違反の程度が著しいような場合、はじめて、双方の信頼関係が破壊されたものとして、債務不履行の基づく契約解除が認められるものであると解する。

2  これを、本件に当てはめて考える。

先ず、四月一五日、甲野春子がスペイン語のグループレッスンの際、黒板の記事をノートしなかつたため、被告は、黒板の記事を消すことができず、授業を進めることができなかつた、また、甲野春子が被告に対し反抗的な態度をとつたとして、早めに授業を切り上げた。乙三には、会員はグループレッスンを尊重しなければならず、これに反する場合はグループレッスンに出席できなくなる旨の定めがあるが、四月七日のムービーデイにおいても、甲野春子がヘッドホーンのスイッチを二度も切り、また、映画を見ながら笑つており、他の会員に迷惑をかけたこともあつて、被告は、甲野春子の学習態度が不良であり、集団授業の円滑な運営に支障があるとして、甲野春子に対し、仮及第期間という制裁を課して、ゴールドカード所持者の特典であるグループレッスンとスペイン語の授業を受ける権利を剥奪したものである。この処置に対し、原告は、受講を拒否されたと主張しているが、これは、規約に基づく措置の一環であることが認められるし、ゴールドカード所持者の特典であるグループレッスンとスペイン語の授業を受ける権利を三か月間停止したのであるが、会員本来の権利である個人レッスン等の権利まで剥奪したものではなく、後述のような疑問は残るものの、この仮及第期間によつて、原告主張のように受講を拒否したものとは言い得ないであろう。

次に甲野春子は、四月二二日、I・L・A外国語に受講に行つたが、被告からグループレッスンを受けられないと言われ、乙六の手紙を差し出して帰つたことが認められるが、その際、被告が、甲野春子のレッスンの申し出を拒否した証拠はない。

甲野春子は、五月一一日にI・L・A外国語に行つたが、被告からメンテナンスと言われ、入室できなかつたが、乙二・三・四には、メンテナンス中は入室できないことになつており、I・L・A外国語の入口にもメンテナンスの表示がなされていたものであるから、これによつて受講を拒否されたものとは言い得ない。

以上の事実を総合すると、本件契約において、被告が甲野春子に対して、受講拒否をしたものと認められるような証拠はない。

なお、仮及第期間という制裁措置について、若干、付言しておく。

仮及第期間の制度は、I・L・A外国語の規約にも定めがなく、被告が甲野春子に対して初めて適用したケースである。当時、甲野春子は、I・L・A外国語に入会して半月余しか経過していない時期であつたから、I・L・A外国語の規約やシステムに戸惑いがあり、また、外国人である被告との間の意思疎通が十分でなかつたことが窺われる。そのような場合、被告としては、この契約が双方の信頼関係を基盤として成り立つていることを考慮し、受講者の意思や立場を尊重して、慎重、適切な指導方法をとることが望まれるのであるが、被告は、甲野春子に対し、性急に、仮及第期間というI・L・A外国語にとつて前例のない制裁を課したものである。一方、この措置が、甲野春子にとつて学習意欲と被告への信頼関係を失わせる契機となつたものと推測される。そのように考えると、甲野春子の前記受講態度の違反を捉えて、仮及第期間という制裁を課した措置が妥当であつたかどうか、また、三か月間もの期間が必要であつたかどうかという点につき、かなり疑問が残される。とは言うものの、そのことが本件継続的契約関係における原・被告間の信頼関係を破壊したとまでは言い切ることができず、被告に債務不履行の責任を負担させることは困難である。したがつて、債務不履行を理由とする原告の主位的請求は理由がない。

三  次に、予備的請求について判断する。

1  前述のとおり、本件は、原告が被告に対し、債務不履行を理由として契約解除の意思表示をしたのであるが、結果的に債務不履行の事実が認められなかつたものである。しかし、本件は継続的な契約関係であり、準委任は当事者間の信頼関係の上に成り立つているものであるから、相手方の態度に疑惑を抱いて解除の意思表示をした以上、債務不履行の事実がなかつた場合にも委任関係が終了するものと解される。したがつて、本件契約は、原告の意思表示の到達した平成五年五月一四日に解除されたものである。そして、本件は継続的な契約関係であるから、この解除には、遡及効がなく、将来に向かつて契約関係を終了させるものと解されている。

2  そこで、原状回復としての不当利得返還請求について考える。

(一) 本件役務の提供期間が平成五年三月三一日から翌年三月三〇日までの一年間であることについては当事者間に争いがない。

先ず、会員費の返還については、本件契約は、平成五年五月一四日に契約が解除されたので、被告は甲野春子に対し、その翌日から翌年三月三〇日までの間、役務の提供をしていない。したがつて、被告は原告に対し、被告が受領した会員費四一万六三二五円をその期間に応じて按分比例した上不当利得として返還する義務があるものと解するのが相当である。また、被告は、五月上旬、所用でアメリカに帰国したため、一一日間、甲野春子に対し、役務の提供をしていない。それで、一一日間、授業期間を延長したと供述しているので、この一一日間分も不当利得として、返還の対象となるものである。そうすると、甲野春子が被告から役務の提供を受けなかつた日数は三三一日分となるから、これに相当する会員費を不当利得として返還すべきであり、その金額は三七万七五四四円である。

原告は、甲野春子が受講した対価の合計九一二五円を控除した四三万七二〇〇円の支払を求めているが、本件は被告に債務不履行の事実がなく、甲野春子は、平成五年三月三一日から五月一四日の契約解除に至るまでの間役務の提供を受けることができたのであるから、被告がその期間に相当する会員費を不当利得したものと言うことはできず、したがつて、原告は、その期間に相当する会員費の返還を求めることはできない。

被告は、会員費は役務に対応するものではないし、I・L・A外国語のシステム上返還すべき性質のものではなく、そのため、乙二・三・四には「I・L・Aでは、会員費の払い戻しはいたしません。」とあり、原告もこれを承諾して本件契約を締結したものであると主張する。しかし、右各乙号証は、本件契約時においてI・L・A外国語で予め印刷されたものであり、いかなる場合でも会費を返還しないという約定は、消費者である原告にのみ一方的に不利益なものであるから、信義則に反し無効であると解するのが相当である。

(二) 次に、原告は、三月一八日に支払つた入会金三万円についても、不当利得として返還を求めている。しかし、本件契約成立の経緯、契約内容、入会金の額等を総合して考えると、この入会金は、I・L・A外国語会員としての権利を取得することの対価として相手方である被告に支払われた金銭であり、一旦入会が認められて契約関係が成立すれば、契約関係終了の有無にかかわらず、返還の義務はないものと解するのが相当である。甲野春子は、平成五年三月三一日にI・L・A外国語への入会契約が成立し、契約解除の意思表示がなされた同年五月一四日までI・L・A外国語で役務を受けることができたのであるから、入会金の性質を以上のように解する限り、被告において、入会金を不当利得したものということはできない。

四  結論

原告の請求は、不当利得返還請求権に基づき、三七万七五四四円及びこれに対する平成五年五月三〇日(契約解除の日の後)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとする。

(裁判官 原田寿賀生)

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